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◆政治を志した理由 |
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1991年の統一地方選挙で、私は地方政治の世界へ飛び込んだ。その挑戦を心に決め赴任先の広島から三重に戻ったのが、その2年前。当時私は26歳で、若さゆえの後先考えない決断だった。
時代は昭和から平成へと移り、日本は戦後最大のバブル景気のなかで浮かれていた。国政では、リクルート事件と与党公約違反の消費税導入による政治不信、アメリカとの一触即発の経済摩擦と、政治も経済も未来への希望を示すどころか、足元が音を立てて崩れかかっているのに、座して死を待っているかのように感じていた。
あの頃、自由主義国家とは名ばかりの国や地方行政の規制・計画でがんじがらめの社会主義国家もどきの現実に突きあたるたびに、21世紀は真っ暗闇だと憂いた。また、全国均一で金太郎飴のような、国の補助金だのみのハード優先の地域づくりに、私自身違和感と危機感を募らせていた。
さらに、外から客観的に眺めた我がふるさと三重は、躍動を迎えようとしていた中部圏飛躍のインパクトを活かす術をまったく持ち得ていないように見えた。また何よりも、地域の指導的立場にある方々のまちづくりへの無関心が、絶望的だと映った。この感覚が、私を躊躇させることなくふるさとに帰らせ、地方議会への挑戦を決意させた。
『地方から政治を変える!』最初の選挙で訴えたこの志は、我が政治の青き原点であり、16年経った今でもいささかも色あせる事はない。長きにわたる中央集権体制から地域や個人が輝く分権型社会を勝ち取らなければならない局面を迎えている。無名の私を地方政治の場へ送っていただいた皆さんや、その理念に共感いただく皆さんのご期待に応えるためにも、あの時の青き初心を貫く決意である。 |
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桜 井 義 之 |
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◆3つの理念 |
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地方政治の進化 |
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国と地方の仕組みは基本的に違うにも関わらず、戦後の右肩上がりの成長と豊かな社会を創るのに貢献した中央集権のシステムに、地方自治体はドップリ浸かり甘んじてきた。長きにわたり思考停止状態を続けてきた結果、三割自治と称された時代から数十年経った今でも、基本的な構造は何も変わっていない。今こそ新しい自治のカタチを創りあげる局面を迎えている。地方政治の存在意義は本来そこにある。議院内閣制と異なる二元代表制の『地方政治を進化』させることで、自らの地域は自らで創ることを志向する真の分権型社会への転換をめざす。 |
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品格ある地域社会の創造 |
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文明の発達は、現代の豊かな社会への原動力となった。しかし、経済的な豊かさを手に入れた一方で、心の豊かさを失いつつある。昨今の凶悪な事件や刹那的な世相に、先の世代から受け継いできた文化や情緒性が希薄なことに気づく。この社会の閉塞感を打ち破るには、いつの間にか忘れさった日本人固有の高い精神性が求められていると考える。地域に根ざした自然や伝統文化や技術などと調和した日々の暮らしを重んじ、それらを将来の世代に受け継いでいくという価値と責任に満ち溢れた人と街。そのような『品格ある地域社会』を創造する。 |
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Quolity of Lifeの追求 |
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一人ひとりの生活の質を高め、誰もが愛着と誇りをもって暮らせる地域社会を創るためには、地方自治体の政策と仕組みを抜本的に転換しなければならない。環境や福祉や教育などの分野で直面する深刻な問題への対処療法的な政策から、長期的視野での予防的な政策への転換。さらに、人と人のつながりをソフト・ハード両面において配慮された持続可能な人に優しい街づくりへの仕組みへの転換。それらの障害であるタテ割り行政に終止符をうち、『クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)』を高めるための地域政策や行政システムへの変革に、徹底的にこだわる。
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